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2022年10月25日
No.10003095

特集/依存問題の現在地④
ICD-11の記述変更で実態に近づいた解釈になった

ICD-11の記述変更で実態に近づいた解釈になった
ワンデーポートの利用者とともに野菜作りをしている畑で撮影(横浜市瀬谷区)

INTERVIEW
認定NPO法人 ワンデーポート
中村 努 施設長


20年以上にわたってギャンブル依存問題に関わってきた認定NPO法人ワンデーポートの中村努施設長。政府のギャンブル等依存症対策推進関係者会議(※)の委員も務めている中村さんは、診断要件の記述が変更された世界保健機関(WHO)の死因及び疾病の分類(ICD-11)の内容をどう受け止めているのか。依存問題の現場の声を聞いた。

※ギャンブル等依存症対策推進関係者会議
政府の「ギャンブル等依存症対策推進基本計画の案の作成時等に意見を聴取するため、ギャンブル等依存症対策基本法の規定に基づき、ギャンブル等依存症対策推進本部に、ギャンブル等依存症対策推進関係者会議が設置された。2019年2月の第一回から2022年6月までに10回の会議が開催されている。

──中村さんはギャンブル等依存症対策推進関係者会議(以下、関係者会議)に初回から参加しています。これまでどんな主張をしてこられましたか?
中村 関係者会議は、3年ごとに見直すとされているギャンブル等依存症対策推進基本計画の参考にする議論が行われる会議です。会議の方向性は、「ギャンブル依存症」は病気であり、医療や自助グループにつなげることを前提とする議論が主ですが、私は一貫して、「ギャンブルの問題の背景は多様で、自己解決できる人もいる。医療モデルでは本当に困っている人の支援にはつながらない」と主張してきました。

──今年3月に基本計画が見直されました。どう受け止めていますか?
中村 私が主張していたことは、ほとんど反映されていなかったと思っています。ただ、関係者会議の議事録は首相官邸のHPで公開されていますから、議事録に残す意味でも発言を続けています。

──今年6月16日に開催された関係者会議で、「ICD‐11の診断要件の記述の変更でこれまでギャンブリング障害と診断されていた人がこれによって診断されなくなるのではないか。国の指針ではICD‐11の記述の変更にどう対峙していくのか」と問題提起していますね。
中村 それに対しては、松下幸生参考人(久里浜医療センター院長)が「厚労省は基本的にICDを中心に考えているので、使われるようになればICD‐11を使っていくことになるのだろう」と回答しています。医療ありきではなく、健康的な習慣づくりなども国の啓発で行ってもらえると、予防にもなるし自己解決にも役立つのではないかというのがワンデーポートの考えです。「ギャンブル依存症」や、「ギャンブル等依存症」という言葉を受け入れられない当事者や家族の方は多い。ワンデーポートでは今年4月から、自己解決を目的とした「よこはまラン」という約10㎞を走るランニングイベントを毎月開催しています。その際に「ギャンブル依存症」といった言葉は使っていません。それでも結構参加者が多くて私も驚いています。国の方向性も、治療とか依存症という言葉を使わない方が自己解決につながるのだろうと思っています。

──この日の関係者会議ではオンラインカジノの問題も出ていました。
中村 ちょうど阿武町での問題があった後だったので、公営ギャンブルのオンライン投票も含めて意見が出ていました。ワンデーポートの利用者の中にもオンラインカジノで問題を抱えた人がいます。ただ、オンラインカジノだけが問題ではなく、もともと生活でお金をたくさん使ってしまうといった問題を抱えているケースが見られます。最近では公営競技のオンライン投票で問題を抱える人が多く、ネットゲーム課金の人もいます。3〜4年前はパチンコ・パチスロが大多数でしたが、現在はパチンコやパチスロだけという人は本当に少なくなりました。

──中村さん自身は、ICD‐11の診断基準の記述の変更についてどう考えていますか?
中村 より実態に近づいた解釈になり、いままでワンデーポートがやってきたことに裏付けがもらえたと受け止めています。一番の問題はこれを受けて国や厚労省がどう動くか。ICDの診断要件が変わったとはいえ、DSMは変わっていないので、国の基本計画がすぐに変わるわけではないかもしれません。ただ厚労省はICDを中心に考えているとのことなので、今後、国のギャンブル等依存対策が良い方向に向かえばと考えています。ただ、これまでも基本計画では、ICD‐11やDSM‐5の解釈を正しく反映しているとは言えません。医療や自助グループ偏重の考え方を厚労省が都道府県に落とし込んでいるので、依存問題の現場は学術的な知見からどんどん離れていっていると感じていましたから。

──ICD‐11の診断要件の記述の変更では、医療などが必要な人は、いままでの基準より少ないという見方になりますね。
中村 ICD‐11の「危険なギャンブリング」の人たちもリスクを持っていることは確かです。そういう意味では、いまワンデーポートがやっているランニングや余暇を楽しむこと、生活の安定といった部分は、「危険なギャンブリング」に当たる人たちに対するメッセージとして合っていると思っています。この図(下)は、5年前(2017年)、日工組社安研の「パチンコ・パチスロ遊技障害全国調査」の結果を受けて篠原菊紀教授が分析した結果から、私がブログに書いた予防、相談、回復、支援についてのイメージ図ですが、ワンデーポートがいままで言ってきたことがこの図に当てはまると思っています。社安研調査の遊技障害の疑いが約40万人とすると、赤い部分の一部の人たちが対面相談や回復施設への入所が必要な人たちでICD‐11で言う「ギャンブリング障害」に当てはまり、その下が「危険なギャンブリング」に当てはまる人たち。その中でも、中・長期的に支援が必要な人、短期的支援で解決できる人たちと濃淡はありますが、大部分の人たちは自己解決・自然治癒ができる人だろうと。具体的なアクションとしては、リカバリーサポート・ネットワーク(RSN)への電話相談で解決できる人たち、自己申告プログラムで解決できる人たち、ホール内での注意喚起で解決できる人たちが圧倒的多数だと思います。そしてそれぞれが抱える問題の背景は多様だと思うんですね。どちらかというと生活が上手く回っていない人がここに当てはまると思っています。


──パチンコ業界には今後、どんな取り組みが求められると思いますか?
中村 ICDやDSMなどについて正しく理解をしていただくことが重要なのかなと思います。パチンコ業界の依存問題対策は、ポスターの表現方法や掲示などを見ても正しいことをやっていると思います。逆にパチンコ業界で一番やってほしくないことは、いま国や厚労省が進める「ギャンブル依存症は病気です」という考え方を盲信してしまうことです。どこかで「ギャンブル依存症」が話題になった時に、「医療や自助グループが必要な人は一部で、多くの人が自己解決しています」と言えるようにしてほしいと願っています。安心パチンコ・パチスロアドバイザーの講習などでも、最新の知見を盛り込んでいただければと思います。アドバイザーの方にとって、20台の遊技機にお客様が座っていて、そのうち何人ぐらいが「危険な遊び方をしている疑いがある」のかを知っているのと知らないのとでは、対応の仕方も変わってくるでしょう。そのためにも最新の正しい知識にアップデートしていただくことが大切ではないでしょうか。

※『月刊アミューズメントジャパン』2022年10月号に掲載した記事を転載しました。


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