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2022年10月14日
No.10003083

特集/依存問題の現在地①
ギャンブリング障害は今後、より限定的に捉えられる(前編)
WHOが国際疾病分類の最新版ICD‐11を公表

ギャンブリング障害は今後、より限定的に捉えられる(前編)
しのはら・きくのり 東京大学教育学部卒業、同大学院教育学研究科修了。公立諏訪東京理科大学 情報応用工学科教授。専門は脳神経科学、応用健康科学。著書に『もっと! イキイキ脳トレドリル』(NHK出版)、『「すぐにやる脳」に変わる37の習慣』(KADOKAWA)など。ギャンブル等依存問題に関しても多数の研究論文を発表している。

INTERVIEW
篠原菊紀

脳科学者
公立諏訪東京理科大学 教授

世界保健機関(WHO)による死因および疾病の分類(ICD)が改訂され今年2月に最新版ICD‐11が公開された。注目すべきはギャンブル等依存症に関連する診断要件の記述が大きく変わったことだ。日本もICDに準拠した「疾病、傷害及び死因の統計分類」を統計基準として定め告示しており、各種の公的統計のほか医療機関における診療録の管理に利用されている。現在、ICD‐11に準拠した統計分類の使用に向けて告示改正のための準備・調整が進められている。
文・写真=田中 剛(本誌)

──今年2月に国際疾病分類の最新版であるICD‐11の詳細(英文)がWEBで公開されましたが、先生は少々驚いた点があったそうですね。
篠原 我々にとって驚きのトピックは、ギャンブリング障害(Gambling disorder)の診断要件の記述が詳細化され、必須要件が厳格化されたことです。簡単にはギャンブリング障害と診断されない、ということです。ここまで詳細記述されると予想していた人はほとんどいなかったと思います。具体的には、①ギャンブリング行動のコントロール障害、②ギャンブリングの最優先、③否定的な結果にもかかわらず継続拡大、の3つの要件「すべて」に当てはまり、なおかつ、「そのギャンブリング行動のパターンにより、個人、家族、社会、教育、職業またはその他の重要な機能分野において顕著な苦痛または障害が生じている」こと。そういう状態が12カ月にわたって認められ、かつ他の疾病や障害では説明できないことが、ギャンブリング障害と診断するのに必須であると書かれているのです。

──WHOはギャンブリング障害と診断される対象を狭くしたということですか?
篠原 精神医療関係者を含め、多くの人はそう感じるかもしれません。WHOが2018年にICD‐11を公表した時点では、先の3項目は挙げられていたものの、この中のひとつでも当てはまればいいのか、すべてに当てはまることが必要なのかは明確に書かれていなかったのです。今年2月に公開されたバージョン(英語)で、「3つすべてに当てはまる」ことがギャンブリング障害の必須要件だと明記されたのです。これについても少々驚きました。しかし、診断基準を引き上げたわけでもないのがややこしい。ICD‐10の病的ギャンブリング(Pathological gambling)との比較でいえば、ICD‐11のギャンブリング障害のほうが対象は広く捉えられています。なぜかというと、ICD‐11のギャンブリング障害は強迫的ギャンブリング(Compulsive gambling)を含むと書かれていて、ICD‐10の病的ギャンブリングと強迫的ギャンブリングは概ねイコールだったから。強迫的ギャンブリングと診断される人は、ICD‐11のギャンブリング障害よりも限定的ということですから、むしろ範囲は広がったと見ることができます。その一方で、ギャンブリング障害の有障害率は、これまでの全国調査で「ギャンブル等依存症」の有症者疑い率として出ていた数値よりも、はるかに少なくなります。


──WHOはギャンブリング行動に関して、それを疾病と認める基準を変更したわけではなく、もともとかなり厳格だったということですか。
篠原 WHOに診断基準を引き上げたという認識があるのかないのかというと、何とも言えません。もしも彼らに尋ねたら、「以前よりもきちんと記述しただけであり、要件を厳しくしたわけではない」「診断基準を引き上げたと読めるとしたら、これまで調査の現場が勝手に幅広く解釈していたのではないか」という答えが返ってくるかもしれません。間違いなく言えることは、記述が詳細化されたということです。個人的な憶測になりますが、今回、記述が詳細化された背景には、ゲーム障害研究者からの、「この程度の状態に当てはまるくらいで『ゲーミング障害』と呼べるのか? 呼べるとするならその証拠は?」という突き上げがあって、それに対応したためかもしれません。要するに、「これだけの状態に当てはまれば、さすがに障害と呼んでいいだろう」という記述にした。ICDはゲーミングもギャンブリングも行動嗜癖についてはまったく同じ形式で書くため、これがギャンブリング障害の診断要件にも波及したと見ることもできます。

障害とは区別される
危ないギャンブルの遊び方


──他にはどんな点に着目しましたか。
篠原 新たに「Hazardous gambling or betting(危険なギャンブリングもしくはベッティング)」という区分が設けられたこと。これは障害や疾病ではないものの「健康状態または医療サービスとの接触に影響を及ぼす要因」だという区分です。ギャンブリング障害の必須要件が厳格化されたことによって、この危険なギャンブリングとの区別が求められるようになりました。もともとICD‐10に、疾病区分の「病的ギャンブリング」とは別に、疾病ではない「(特定不能の)ギャンブリングおよびベッティング」という区分があったのですが、ほぼ無視されていて、何でもかんでも「疾病」と言われてきたというのが実態です。新たな危険なギャンブリングという区分は、どのような状態であればこれに該当するのか明確には書かれていませんが、先の3つのうちどれかひとつに当てはまれば危険なギャンブリングであろうと解釈できると思います。

──WHOの疾病分類ICDは、精神障害の診断基準であるDSM‐5とどんな違いがあるのでしょうか。
篠原 DSM‐5と比較して見えてくることに、ICDでは「危険なギャンブリングが進行していってギャンブリング障害になる」というプロセスは想定されていないということ。DSM‐5には、薬物使用障害で仮定されていた依存プロセス(耐性の形成や離脱症状の出現)が行動障害であるギャンブリング障害にもあるのではないか、という仮説に基づいて採用された項目がある。しかしICD‐11は依存プロセスを想定していないし、進行的に重症化していくことも必然とは想定していない。DSM‐5はプロセス重視、ICD‐11は実害重視とも言えますが、実害こそが個人にとっても社会にとっても障害だと思います。


──医師がICD‐11に基づいた診断名を使えば判断のバラツキは減りそうです。
篠原 いずれそうなるでしょう。現状のICD‐10の疾病である病的ギャンブリングと診断して診療報酬請求しているケースは現状でも非常に少ないですが、今後はさらに減るでしょう。ただし、DSM‐5は相変わらず存在していますし、これには重要な部分の解釈に曖昧さがあります。有障害率調査などの調査票は、日本ではたいていICDではなくDSM‐5の基準で作られていますから、調査結果に対して「これはあくまでもDSMの基準です」という主張は今後も成り立つわけです。DSM系尺度の進化を待つしかありません。

【ギャンブリング障害は今後、より限定的に捉えられる(後編)はこちらから】

※『月刊アミューズメントジャパン』2022年10月号に掲載した記事を転載しました。


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