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2022年10月17日
No.10003091

特集/依存問題の現在地②
ギャンブリング障害は今後、より限定的に捉えられる(後編)
WHOが国際疾病分類の最新版ICD‐11を公表

ギャンブリング障害は今後、より限定的に捉えられる(後編)
しのはら・きくのり 東京大学教育学部卒業、同大学院教育学研究科修了。公立諏訪東京理科大学 情報応用工学科教授。専門は脳神経科学、応用健康科学。著書に『もっと! イキイキ脳トレドリル』(NHK出版)、『「すぐにやる脳」に変わる37の習慣』(KADOKAWA)など。ギャンブル等依存問題に関しても多数の研究論文を発表している。

【ギャンブリング障害は今後、より限定的に捉えられる(前編)はこちらから】

SOGS5点以上を「依存疑い」
この基準はあまりに緩すぎる


──これまでおこなわれてきた「ギャンブル等依存症」の現状調査の結果はどのように解釈すればよいのでしょうか。

篠原 SOGSは20点を満点とするスクリーニングテストで、3点から4点を「やや問題あり」、5点以上を「ギャンブル等依存が疑われる者」としています。ギャンブル等依存症対策基本法に基づいて国立病院機構久里浜医療センターが受託・実施した調査(※1)もこれにならっており、過去1年の間にギャンブル等依存症が疑われる状態にあった人は、成人全体の2.2%だとした。これはICD基準のギャンブル障害の有障害率とは異なる過剰なカウントであり、より広範な、障害や疾病には該当しない危険なギャンブリングをしている人の割合を示していると捉えるのが適切でしょう。SOGSのカットオフ値を5点とした結果の数値は、ギャンブリング障害と呼ぶには明らかに緩すぎます。しかしSOGSとICDでは診断のために着目している項目が異なり(※2)、SOGSの点数の直線状にICDのギャンブリング障害があるかわかりません。我々はかねてよりSOGSのカットオフ値5点は緩すぎると指摘していて、独自に開発したパチンコ・パチスロ遊技障害疑い尺度(PPDS)では、SOGSの7点、8点以上を「遊技障害疑い」としました。ICD‐11基準なら、遊技障害疑いとした人のほとんどが「危険なパチンコ・パチスロの遊び方している人」となるはずです。


注1 : 「ギャンブル障害およびギャンブル関連問題の実態調査」。2020年10月~12月に実査、調査員による対面調査ではなくインターネットによる自己回答式調査。
注2 : 例えばSOGSは借金経験に重点を置いているという特徴がある。


──遊技業界が特に理解しておくべきことは?

篠原 いままでわが国でも諸外国でも、ギャンブル等依存症をかなり幅広く捉えて、そういう人がたくさんいると考え、それに対処しようとしてきました。日本では、パチンコ業界がそういう人をたくさん生み出していると言われてきた。しかし、医学上のギャンブリング障害はずっと少なく、今後はさらに限定的に捉えられるようになる。とはいえ、存在しないというわけではない。大事なことは、ギャンブリング障害の人に対する対処と、もっと広範な危ないギャンブリングをしている人たちへの対処を明確に区分けして考えることです。ギャンブリング障害に区分されるような人には、例えばワンデーポートのような背景にある併存障害を含めて「どうやって生きやすくするか」といった支援を考えサポートしていくべきでしょう。併存障害への対応には医療が、生きにくさへのサポートには福祉的な対応が必要です。

健全な遊び方の提案が
障害リスクを下げる


──国が「ギャンブル等依存症」と呼んでいる人の大多数は、危ない遊び方をしているというレベルの人です。こういう人々に対してはどうすべきでしょう。

篠原 ICDが、障害とは言えないものの危険な遊び方をしている人たちについて、ギャンブリング障害と明確な線引きをしつつ非常に広く捉えようとしていることについて、私は好感を持っています。各ギャンブル業界は独自に「我々は広く捉える」というスタンスで対策を講じることもできるからです。その対策ですが、危ない遊び方をしているというレベルの人に向けては、「これをやめろ」という否定形のメッセージではなく、「こういう遊び方をしてください」「健全なパチンコ行動を増やそう」という提案型メッセージを業界側から発信していくのが大事だと思います。そういうメッセージのほうが行動変容しやすいからです。

──これまでの先生の研究で、健全遊技の提案は有効だとわかっているのですよね。

篠原 業界向けにも都度、発表してきましたが、この数年でいろいろなことがわかってきました。我々の研究では、遊んでいる遊技機の出玉性能、広告宣伝視聴はパチンコの危ない遊び方の原因とはいえないという結果(※3)を得ています。ダイナムと共同で実施した会員データを使った調査(※4)では、遊技頻度、遊技時間、負け額などは、パチンコ・パチスロの危ない遊び方リスクと有意な関係がないか、あってもその効果量は極めて小さい、つまり、ほぼ影響がないという結果を得ました。「危ない遊び方」のリスクを最もよく説明したものは健全遊技でした。つまり健全遊技をしていることがリスクを大きく下げていたのです。現在、ホールの広告内にかならず、「適度に楽しむ遊びです」という標語が入っていますが、これも健全遊技の勧めです。

注3 : 研究論文「パチンコの出玉性能とパチンコ・パチスロ遊技障害の因果関係 ~パネル調査による研究~」(IR*ゲーミング学研究/2022年3月/堀内由樹子、秋山久美子、坂元章、篠原菊紀、河本泰信、小口久雄、岡林克彦)
注4 : 研究論文「会員カード常時使用者におけるパチンコ・パチスロ遊技障害、健全遊技、遊技量の関係 ~会員カードデータを用いた遊技障害リスクアラートシステムの可能性について~」(アディクションと家族/2022年2月/西村直之、戸塚綾乃、堀内智、櫻井哲朗、奥原正夫、篠原菊紀)


──ギャンブル等依存症対策基本法に基づく現状把握調査は、次もこれまでどおりSOGS・5点以上という基準が使われるでしょう。そうだとして、この調査結果は、推進基本計画に則り各業界が取り組んだ施策の効果検証の指標になるのでしょうか。

篠原 すでにこれまでの数回の調査も、連続性が無茶苦茶でしたから、コメントする意味があるのか難しいところです。しかし、もし厚労省(久里浜医療センターが受託)が同様の尺度で3年ごとに調査を行うなら、「その結果はICDのいうギャンブリング障害疑いではないですよね」と指摘し続けることになるでしょう。今、久里浜医療センターの調査など問題のある調査報告に対して、学術的にクレームをつける機関を作る動きもあるので、そこから声明が出ることもあり得るでしょう。


──つまり、厚労省の調査結果からは遊技業界の依存問題への対策の効果は見えてこないわけですね。

篠原 もし遊技業界が自身のギャンブル等依存症対策の効果を世に示したいのであれば、独自に時系列の縦断調査、つまり同じ対象者を追跡していくパネル型の調査を実施するのがいいと思います。その結果を見れば、「パチンコ・パチスロの危ない遊び方疑い率」がどう推移しているのか、危ない遊び方の人のうちどの程度が自然寛解しているのか、どのような遊び方が予防につながるのか、遊技機のスペックは遊技障害リスクに関連しているのか等々、業界として強いエビデンスを得られます。業界団体としてこれを実施する方法もあれば、主要ホールチェーン数社が企業の責任として実施する方法もあります。このデータを示せば、業界の外側から「こういうスペックの遊技機はギャンブリング障害リスクを高める恐れがある」といった批判が上がったときに、「そんなエビデンスはない」と反論することができます。この調査はさほど難しいことではないし、ホール会員を対象にした追跡調査は、パチンコ・パチスロを継続しながら特に問題が起こってない人を追いやすくなるため、「自社の健全遊技の推進は問題のリスクを下げている」という結果を得やすくなるでしょう。


※『月刊アミューズメントジャパン』2022年10月号に掲載した記事を転載しました。


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