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2024年10月29日
No.10004577

パーパスのその先へ|業界の生態系にイノベーションを

パーパスのその先へ|業界の生態系にイノベーションを

ロングインタビュー 

マルハン東日本カンパニー
ブランド戦略部

西 眞一郎 部長


遊技産業のパーパス制定にあたって、専門家として関わったマルハン東日本カンパニー・ブランド戦略部の西眞一郎部長。遊技業界の変革をライフワークと位置づける西部長がパーパスの先に描いているのは、業界の「生態系」の変革。そのための第一歩が若年層ノンユーザーをターゲットとしたブランドコンセプト店舗だ。(文中敬称略)

──はじめに西さんの経歴を教えてください。
22歳のときにマルハンに中途採用で入社して今年で26年目。いま47歳です。ホールの現場で玉箱の上げ下げから始めて、エリア長までやらせていただきました。

──現在はブランド戦略部の部長を務めています。どういう経緯がありましたか?
エリア長の時代に新入社員と話す機会があり、彼ら彼女らにきちんとバトンを渡さなくてはいけないという志が生まれたのが、いまに至るきっかけでした。ただ、志が生まれても能力がなかったので、マルハンで働きながらグロービス経営大学院に3年間通い、経営全般について学んでMBAを取得しました。マルハン東日本カンパニーでは副業が認められているので、現在は自分が得意とする企業のブランディングの分野で、社外で講師を務めたり、他の企業のブランディングのお手伝いをさせていただいていたりもしています。

──社内でブランディングの仕事をしたいと手を挙げたのですか?
そうです。元々パチンコ業界にはブランディングやマーケティングという概念があまりありませんでした。それがなくてもビジネスが成り立ってきたので、マルハンにも専門の部署はありませんでした。私はこの業界はイノベーションを起こさなくてはいけない、構造改革をしなくては業界に未来はないとずっと伝えていました。マルハンが4カンパニー制になったときに東日本カンパニーでマーケティング部を作っていただき、いまのブランド戦略部になっています。

──マルハン東日本カンパニーにもパーパスはありますか?
はい。あります。2022年に社員全員が関わってつくりはじめて、2023年4月に発表しました。「人とつながりの力で、人生100年時代に生きるヨロコビを創造する」。これが東日本カンパニーのパーパスです。

──マルハン東日本カンパニーでは、服装や髪の色など身だしなみも自由になったそうですが、それはパーパスと関係がありますか?
パーパスとは自分たちの存在意義なんです。いまの業界の課題は「若年層」。若年層に受け入れられる業界にならないと、業界に未来はありません。既存顧客をターゲットにし続けて続いている業界はどこにもないからです。だからリブランディングやターゲットシフトは絶対にやっていかなくてはいけない。そこで、パーパスを作ったのを機に、身だしなみの基準も変えていただきました。当社が率先して、若い人たちから受け入れられる業界に変えていきましょうというメッセージです。

──社内ではどのように受け止められましたか?
めちゃめちゃ好評でした。おかげでアルバイトの採用がしやすくなり、一旦離職したアルバイトスタッフがマルハンに戻って来てくれたりしています。

──マルハンには「人生にヨロコビを」というキャッチフレーズがありますが、これはどういう位置づけですか?
経営理念です。社業を通じて人々に生きる喜びを提供するんだという経営者側の思いですね。一方で、それは世の中の人が本当に求めていますかという問いかけがパーパスです。パーパスは、言葉そのものより背景の方が重要です。だから言葉の定義は実はそれほど重要ではなく、みんながパーパスに共感できるかどうかが重要なんです。

──6月に発表された遊技産業のパーパス「遊びの力で、心を元気に」ですが、どんな経緯で関わったのですか?
今年の2月にアミューズメントジャパンさんの記事で、全日遊連の千原行喜副理事長が業内にパーパスをという思いを述べられていたのを拝見して、当社の韓裕社長にお願いして千原副理事長につないでいただきました。そして「当社は2年前からパーパスを勉強して実際に掲げています。ご協力できることがあれば協力させてください」とお伝えさせていただいたところ、千原副理事長からぜひやってほしいと言っていただきました。

──その後はどんな経緯でしたか?
業界8団体(全日遊連、日遊協、日工組、日電協、全商協、回胴遊商、余暇進、MIRAI)の代表の方々が集まる会議に呼んでいただき、そこで皆さんにパーパスについて話をさせていただきました。それが4月。通常、企業のパーパスづくりは全社で意見を出して1年ぐらいかけて作るのですが、6月24日に発表したいということでしたので、その後は各団体の代表者と個別に何度かお話をして、ご意見を聞いて素案をまとめていきました。

──よく短期間でまとめましたね。
なぜ普通は1年ぐらいかけるのかというと、腹落ちが重要だからです。社員全員が自分の思いを言い切ったかどうか。言葉を作るだけなら1時間で作れます。でもそれでは魂が入らない。私は、これが自分のやりたいことだったので、時間がないなら足を運んで面と向かって話を聞くしかないと、2カ月間は休みなしでずっと関わっていました。

──そして6月24日にパーパスを発表されました。その後の反響はどうでしたか?
余暇進さんや日遊協の新経者会議で講演をさせていただきました。みなさんから賛同の声をいただくのですが、具体的に何をすればいいのかがわからないという状況だと感じています。

──まだその先が可視化できていないからでしょうか。
パーパスが自社や自分にとってどんなメリットがあるのかということが重要です。だからこそ早く行動に移さなければと思っています。

新しい生態系で推し活市場に参入
景品でも十分稼げるビジネスモデル


──西さんの中では、パーパスの実現に向けた具体的なアクションプランはありますか?
はい。すでに動き出しています。それが「新しい生態系の構築」です。

──生態系の構築? どんな内容ですか。
西 結論から言うと、若年層のノンユーザーをターゲットにしたフラッグシップブランド店舗を作ります。まずはマルハン東日本カンパニーでモデル店舗を作ることを社内で承認していただきました。

──どんなコンセプトの店舗ですか?
これまではメーカーもホールも、パチンコ・パチスロが好きな既存ユーザーだけをターゲットにビジネスをしていましたが、この新ブランドの店舗では新規ユーザーの獲得をメインと位置づけます。そしてオリジナルIPコンテンツのグッズをフックに、若年層ノンユーザーの「推し活」への使用金額でホールがマネタイズしていく新しい「生態系」です。

──具体的なイメージが湧きません。
わかりやすい例で言えば、タワーレコードさん。もともとCDショップでしたが、市場環境の変化でCDが売れなくなりました。そこでいまでは「推し」とつながる場に変わったんです。行かれてみるとわかると思いますが、売り場の様子が以前とはまったく違う。PO
Pも含めてキャラクターだらけです。

──それをパチンコに置き換えるとどうなりますか?
パチンコ・パチスロが好きな方は減少しています。一方で拡大している市場として、アニメが好き、アイドルが好きというような「推し」の市場があります。この市場にパチンコ業界が参入するイメージですね。パチンコ業界が持っている大きな強みは、メーカー様が持っていらっしゃるコンテンツ。これは若い人たちからもすごく需要があるからです。

──具体的なビジネスモデルは?
まずメーカー様に若年層ユーザーに人気のあるIPコンテンツの遊技機を開発していただき、さらにそのコンテンツのグッズをメーカー様に作っていただきます。そしてそのグッズはパチンコ店で出玉と交換することでしか手に入らない。ここでメーカー様は、遊技機とグッズの販売で利益を得ることができます。ホールはそのグッズを仕入れて景品として提供することで利益を出すビジネスモデルです。

──とはいえ、未経験の若年層にとって、いまのパチンコ・パチスロは経済的にハードルが高いのでは?
もちろんそうです。そこで、メーカー様にお願いするのは、パチンコでは「ちょいパチ」、パチスロではAタイプなどのスペックの遊技機の開発です。実はすでに数社のパチンコメーカーのトップの方とお話をさせていただいています。うまくいけばメーカー様とホールがウィンウィンになれるモデルですので、メーカー様としても考えていただけそうな手応えを感じています。

──このスキームを考えた背景を教えてください。
推し活の市場は右肩上がりでどんどん伸びています。今では20代の約6割で「推し」がいる状態です。例えばアニメ産業の市場規模は2022年で約2兆9000億円。いま多くの業種がここに注目しています。例えば「ちいかわ」と衣料品の「しまむら」がコラボした商品には、朝からすごい行列ができる。これはしまむらでしか購入できないグッズだからです。これと同じことがやりたいのです。パチンコで初代の『AKB‌48』が出たときがそうですね。遊技機の導入と同時に同じコンテンツの景品を提供することで、その景品目当てでそれまでパチンコをしなかった人も来店した。推し活グッズはかなり粗利率が高いので、 パチンコ・パチスロでの利益が縮小していくなかで、景品でも十分稼げるビジネスモデルになり得ると思っています。


──ゲームセンターでも、クレーンゲームでしか手に入らないプライズが大人気です。
そうなんです。このビジネスモデルの競合はゲームセンターになっていくんですね。ではゲームセンターとパチンコホールの違いはなんなのか。ゲームセンターでは1000円までの賞品しか置けませんがパチンコホールは1万円までOKです。ここの違いが出てくるかなと思っています。最高1万円の景品で、「推し」を大切にしている若者がどこまでお金を使ってくださるかは、今後仮説検証をしていかないといけないところですが。私がメーカー様に開発をお願いしたいのは、ちょいパチのラッキートリガー付きといったイメージです。5000円から1万円のやり取りぐらいで遊べるスペックです。

──1万円使って1万円分の景品を取りにいくイメージでしょうか?
それならホールも景品の粗利で稼ぐことができますよね。いま遊技機の稼働率が100%というホールはないでしょう。それなら、例えば20台ぐらいこうした遊技機を設置したコーナーを作っても大きな影響はないのではないでしょうか。

──そこでパチンコ・パチスロに触れた人に、次は甘デジやミドルタイプのパチンコを打ってもらう?
そういうことです。新しい生態系では、航空機業界のようにエコノミークラス、ビジネスクラス、ファーストクラスという位置付けをしっかりと作っていく。そのための入口としてライトユーザー向けの機械が必要になります。最初はお金のかからない方法でエントリーしていただき、、さらにもっと上に行きたくなっていただく。最終的にはビジネスクラスやファーストクラスに絶対行ってもらわないといけないので。

──マルハン東日本カンパニーでそのモデル店舗を作るということですか?
来年以降にはなると思いますが、その計画です。郊外の大型店では難しいでしょうから、都内で400台、500台規模の店舗かなという考えは持っています。

──新しい生態系とパーパスはどうつながりますか?
ホールの方々もメーカーの方々も、業界でパーパスを作ってどんなメリットがあるのかと思っているでしょう。だからこそ早くアクションを起こさなくてはいけない。業界のパーパスで、私たちはなぜパチンコ業界が日本に必要なのか、どんな志でパチンコ店を経営しているのかという言葉を作った。その後だからこそ、この生態系に意味があると思っています。こうしたアクションをしていかないと、結局パーパスを作っても業界は少しも良くならないですから。まずは目に見える形でパーパスを実現する。やりはじめて試行錯誤していくしかありません。

──既存の事業を活かしながら、新しい市場を開拓できそうなイメージが湧いてきました。
この新しい生態系の何がいいのか。それは、それほどリスクが高くないことです。景品を作るだけ。でも、ここには確実に市場ニーズがあることが見えています。これをやってみて、試行錯誤していく必要があると思います。エントリーとしての遊技機の運用は台粗利2000円程度でもいい。足りない分を景品で稼ぐイメージです。この遊技機を打ってもらうのはノンユーザーです。「推し」の景品が欲しい方々なので、既存の顧客には今まで通り他の遊技機で遊んでいただき、この新しい生態系では「ちょいパチ」の客単価を下げていく。そういう方向に変えていくべきだと思います。

──これが実現できたとして、本当に若年層に響くでしょうか。
「ちょいパチ」が登場したときは、ノンユーザーというターゲットに訴求していませんでした。この遊技機で遊んでみてくださいと告白しなかったから、パチンコに関心のない若者は、そうしたパチンコ台があることすら知らなかったはずです。男女の恋愛でも、大事なのは相手に告白するかどうか。新しい生態系の店舗では、店舗デザインも含めて全力で若年層ユーザーに気持ちを伝えていきます。

──メーカーにとって、その遊技機を購入してくれるホールがどれだけあるのかということが懸念材料では?
もちろんです。だからこそホール側で協力してもらう体制を作っていかなければいけないと思っています。全国のホール関係者のみなさんに、生態系を変えていくためにぜひチャレンジしてほしい。そのために私自身がそれをお伝えしに行きたいと思っています。

とにかくパチンコに触れていただき
多くの人の心を元気に


──これがパーパスを可視化することにつながりますか?
はい。遊びの力で心を元気にするなら、それを証明していかなくてはなりません。そのためには実際に多くの人にパチンコ・パチスロに触れてもらわなければならない。それを実現していかなければ、パーパスはただの絵に描いた餅になってしまいます。パーパスがあるからこそ、ハブとしてこれがあると思っていただけたらなと思っています。

──パーパスの話に戻りますが、西さんは業界のパーパスの意義をどう受け止めていますか?
実はパーパスはインナー向けなんです。外向けに発信しても何の響きもないし、パーパスを作ったからお客様が増えるわけでもない。なぜなら世の中の方々のパチンコ業界に対するイメージは、現在のところ良いとは言えませんよね。このイメージという感情は、後から生まれるものだからです。

──どういうことでしょうか?
わかりやすい例で言うと、私はマルジェラというバッグのブランドが好きなんですね。では私はマルジェラというブランドが好きだから買ったのか、私はマルジェラというブランドのバッグを持っているからマルジェラが好きなのか。基本的に後者の方が多いと言われてます。持っているから好き。行動の方が先なんです。感情は後からついてくると言われています。そうだとすれば、世の中の方々のパチンコ店のイメージを変えるためには、とにかくパチンコに触れていただくのが一番早いんです。

──パーパスはインナー向けだという話は腹に落ちますね。パーパスは業界の中の人たちの意識を変えていくためのものと考えた方がいいのでしょうか。
そういうことです。外の人たちからすれば綺麗事でしかありません。

──もしかしたら業界の中でも綺麗事だよねと距離を置いている方がいるかもしれません。それは自分事と思えるものが見えていないからでしょうか。
そうなんです。だからこそ新しい生態系が形になれば、多分なるほどねと腹に落ちていただけると思うんです。

──これは西さんが考えたひとつの形であって、いろんな人がいろんなアイデアでそのパーパスを実現していく必要がありませんか?
どんどん新しい発想を出して、イノベーションに繋げなくてはなりません。私がパーパスを語るときに必ずお伝えしているのが、この業界がシュリンクしていった事例とともに、若年層が課題ですよということ。ここが、業界が悪くなってる一番大きな原因ですから、ここに集中してくださいということなんです。

──若年層の価値観に合わせるということですか?
そうですね。カッコいいとか、可愛いという基準は、私たちの世代の基準とは大きく変わっています。ここを的確に捉えていかないといけないんですが、パチンコ店の中にいるとそれがわからない。だから私は意図的にかなりの数の他のエンターテインメントを体験していますし、見に行っています。お金も使っています(笑)。だから他のエンターテインメントとパチンコを比べたときに何が足りないのかがわかるんです。

──どんな違いがありますか?
パチンコはエンターテインメントの中で唯一我慢を強いられる遊びなんです。例えば、みなさん楽しみにしているのは右打ちの時間ですよね。でも右打ちを体験する前に我慢しなくてはならない時間がある。YouTube広告ならお金を払ってスキップできますが、パチンコ・パチスロはそれができない。

──確かにそうです。
そもそも私たちが提供しているのは、報酬系のドーパミンと言われるものなんです。これがスマホの登場によってかなりサイクルが早くなりました。若い人は我慢ができなくなったんです。TiktokやYouTubeのリール動画なども、面白くないと思ったら0・1秒ではじかれてしまう。長時間それを強要されることがもう我慢できなくなっているんです。だから「ちょいパチ」が必要なんです。先ほども言いましたが、パチンコ業界は既存ユーザーをターゲットにし続けているので右肩下がりになっています。既存ユーザーは100%いずれは離反していきます。どこかで卒業していくんです。これはどの業界も一緒なんですが、新しいユーザーをどうやって獲得していくか。そのエントリーの部分を業界としてデザインしていく必要があると思っています。

──いま、業界では外国人客を取り込もうという動きが見られます。若年層も外国人も同じですか?
外国人だって日本のアニメが大好きです。新しい生態系でイノベーションを起こしたときには、付き合ってくださいと外国人にも告白するべきだと思います。いろんな人に告白すればするほど、付き合えってくれる人が絶対多くなるはずですから。

──そのためにマルハン東日本では新しい生態系のモデル店を作ってみなさんにその価値を理解してもらう?
当社はモデル店舗を作りますが、このイノベーションは全国のホールで同時に進めていかなければならないと思っています。これは当社だけが良ければいいというビジネスモデルではないからです。業界全体で盛り上がっていかないとできないことなんです。そういう志を持って、私はやらせてもらっています。みなさんにもそこを共有していただければありがたいです。うまくいったら乗ればいいでもかまいません。私にも100%うまくいくという確信はありませんが、今の市場環境を分析して外の世界を見ている限りでは、かなり勝算があると思っています。

──最後にお聞きします。パーパスをひとことで言うとなんだと思いますか。
「志」ですね。ワンピースのルフィで言うと、「海賊王になる」がパーパスで、「財宝を手に入れる」がビジョン。多くの人の心を元気にするために、業界にイノベーションを起こしたいと思っています。

聞き手=野崎太祐(アミューズメントジャパン)



文=アミューズメントジャパン編集部
※月刊アミューズメントジャパン2024年11月号に掲載した記事を転載しました。