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2024年06月07日
No.10004368

レフェリーが大切にした選手・同僚との対話術とは【後編】
サッカー元プロフェッショナルレフェリー 家本政明さん INTERVIEW

レフェリーが大切にした選手・同僚との対話術とは【後編】

INTERVIEW 【後編】
サッカー元プロフェッショナルレフェリー
家本政明さん


インタビュー【前編】はこちらから

——怒っている選手の感情を抑えるのは大変だったのではないですか。
家本 もちろん判定に納得がいかなくて感情を抑えきれないというのもありますが、それだけじゃない場合もあります。もともと僕は京都パープルサンガに就職して、選手や監督、チーム関係者の素顔をよく知っていました。そういう前提となる情報を持っていて、日常と試合中の選手の顔が違うことも知っている。またチームの状況やその選手のチームでの立ち位置、怪我明けなのか久々の先発出場なのか、選手によっていろいろな条件もありますよね。そこを見たときに、プライベートがうまくいってなくて、そのストレスも含めて怒っているなんてことが結構あったりするんですよ。だからすべての問題は試合だけじゃない可能性があると思って向き合います。感情的になっているところを違う形でアプローチすると、選手がふと我に返ってくる瞬間があるので、そのタイミングで落ち着かせていました。こういった対応をうまくできるように、とにかく人間観察することと心理学や行動経済学などを独学で学びました。立場は選手とレフェリーですが、結局は人対人です。人間を知るというのは大事なことで、そのためにはまず自分を知ることから始めました。自分はどんな人間なんだろう、どういう性格でどんな時に感情的になるんだろうとか、価値観だったりそこに至る生い立ちがあります。まず自分を理解してから、相手の状況を理解し、向き合い方を変えるというのは試行錯誤しながら実践していました。

——人と人の関係性でいうと、サービス業にも通じるところがあるかもしれませんね。
家本 サービス業で言うと、お客様は全員が神様なのかということを前提に置いた方がいいと思っています。自分と合わない人っていますよね。仕事上では付き合うけど、なるべく関わることは避けたいというのが人間の心理です。「お客様は神様」というのは半分正しいけど、その半分が相手を誤解させるし、スタッフや管理する側の人も苦しめる。丁寧かつ真摯にお断りする勇気も必要ですし、我々が大事にするお客様という定義をきちんと決めた方がいいと思っています。管理する側が定義してスタッフに共有しないと、スタッフが苦しむし、不平不満を言うお客さんばかり増える。腐ったみかんじゃないですけど、そういうお客さんが一人いるとすぐに広がっていって、本当に大事にしなくてはならないお客さんが楽しめなくなります。サッカーは本来11対11でプレーするもの。危険なプレーをした選手に正しい判定をしないと、「あの選手はよくて、俺のプレーはファウルなのか」と試合が荒れやすくなります。そのためには、みんなが納得できるレッドカードを提示するための定義と勇気が必要になります。

——では、同僚や後輩とのコミュニケーションで気を付けていた部分はありますか。
家本 試合中にあった副審(主審のサポートをする審判)との出来事なのですが、前半に得点が決まったプレーで副審はオフサイドの判定をしました。ただVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)が介入して、そのプレーを見てみるとオンサイドだったので得点を認めました。そして後半、今度は得点したプレーで副審はオンサイドの判定をしたのですが、それは逆にオフサイドだった。その時に副審を見るとへこんでいるのがわかるんですよね(笑)。例えばその副審の名前をカズとしましょう。インカムで「カズ! 俺を見ろ。深呼吸するぞ。大丈夫だ。俺に任せろ」と声を掛けるんです。一回落ち込むと過去しか考えられなくなるんですけど、特にレフェリーはいまが大事なんですよ。引きずる気持ちはわかるけど、数秒後、数分後の未来に目を向けないと試合ってうまくいかないんです。試合が終わったら、カズを飲みに誘いました。でもあんまり試合の話をしても重くなってしまうので、くだらない話とか普段の話をしてましたね。人間って孤独感を感じたときに一番に求めるのが温もりらしいんですよ。なので、背中をポンポンと叩いて安心感を与えながら、「いまは辛いかもしれないけど、一週間悩みたかったら悩め。でもこの場でスパッと断ち切ることもできる。一週間後電話するから、そのときになんで悩んだのか、逆に悩まなくなったのか教えてくれ」と次の試合までに悩みを払しょくしてあげられるようなカバーをしていました。それが本人の成長につながるターニングポイントになる可能性もあるので。

——一つのミスが今後の仕事のプレッシャーにもつながりかねませんからね。
家本 ミスは誰でもしたくないじゃないですか。でも人間だからミスはある。そんなときだからこそ仲間をフォローしなくちゃいけない。一人にさせたり、無理やり話させたりすることもしないで、「なんでこう判断したの?」とかも聞きません。ミスが重ければ重いほど人は黙り込んでしまうし、自分の中に閉じこもりたくもなりますよね。そこの気持ちも最大限汲んでフォローしてあげたいなと思っています。

21年12月4日に行われた「横浜F・マリノスvs川崎フロンターレ」の一戦を最後に引退。レフェリーとしては異例の引退セレモニーが行われた

——21年、多くの選手やサポーターに惜しまれながらレフェリーを勇退されました。現在はどのような仕事をされているのでしょうか。
家本 引退してから約2年はJリーグに携わるお仕事をさせていただきました。そんなときに元Jリーグチェアマンの村井満さんとお話しする機会がありました。そこで村井さんが設立したONGAESHI Holdingsを手伝ってほしいと声をかけてもらい、同社とファンド会社Tryfundsが「夢を追い続ける人々が報われる社会を創る」という理念のもと、共同運営する地域創生ファンドONGAESHIキャピタルに携わることになりました。その最初のお仕事がフィル・カンパニーの特命部長として、企業の魅力・価値を正しく世の中に伝えることです。フィル・カンパニーは、運用の難しい狭小地や変形地、遊休地、遠隔地の土地を活用し、そこに商業ビルを建て、施設やテナントを誘致して運用するという事業を行っています。僕が共感したのは、運用の難しい土地を活性化させて人を呼び込み、街を明るく元気にしたいというビジョンでした。そのお話を聞いたときに、僕の頭の中でたくさんの人々の笑顔が浮かんだんですよね。多くの人と関わりたい、関わる人を笑顔にするようなお仕事にチャレンジしたいという想いがありましたので、これはすごく魅力的な事業だと思い、お手伝いをさせていただくことになりました。

——フィル・カンパニーでの仕事も含めて、今後の目標を教えてください。
家本 現在はサッカーから離れていますが、イベント出演やJリーグの試合の判定について自分の見解を書いたnoteの発信などは続けています。フィル・カンパニーでは、レフェリーで培った観察力を活かして、人と人をつなげる、喜ばせるというところに貢献できると思っています。お子さんや年配の方まで楽しめるような施設や、喜んでいただけるテナントさんに入ってもらって、街のシンボルになるようなものを全国各地に作れればと考えています。フィル・カンパニーの魅力・価値を十分に広めることができれば、また新たな企業のお手伝いをさせていただこうと考えています。違う形で喜びや安心を与えられるような取り組みを行って、企業と人とのつながりを増やしていきたい。それが僕の人生を賭けたミッションです。


いえもと・まさあき
同志社大学卒業後、京都パープルサンガに入社。在職中に全国最年少で一級審判の資格を獲得し、02年からJリーグの主審を務め、通算で516試合を担当。国際審判として国外の試合でもレフェリーを務めるなど活躍した。現役引退後はONGAESHI Holdingsにジョイン。Tryfundsと共同運営する地域創生ファンドONGAESHIキャピタルに携わることになり、フィル・カンパニーへ出向。特命部長兼広報部長として企業の魅力や価値を広めるため、日々奔走している。

※『月刊アミューズメントジャパン』2024年6月号に掲載した記事を転載しました。

文=アミューズメントジャパン編集部


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