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合田観光商事が全店舗でAIの運用開始|社内で起こった意識改革とは
昨年11月にホール営業に本格的AIを導入すると発表した合田観光商事(本社:札幌市)。足掛け2年にわたる開発期間を経て、今秋から全店舗でAIの運用がスタートする。DX推進の第一歩として取り組んだAIの開発で社内にどのような意識改革が起こったのか。開発に携わった2人のキーマンに聞いた。
「ひまわり」の屋号で北海道と東北にホール35店舗を展開する合田観光商事(以下、合田観光)。DX化が遅れていると言われている遊技業界で、本格的AIの導入に挑むというニュースは多くのホール関係者の注目を集めた。それから1年。一次開発とトライアル運用が終了し、この秋から全店舗での運用が始まる。
AIの導入を主導したのは営業部の小濱邦英管理部長。100年企業を目指す同社では、社会環境の変化に対応していくために業務の進め方を改善していくという課題があったという。
「店舗ごとに業務の最適化が進んでしまっていて、全社的な連携や業務の効率化が課題となっていました。その課題をデジタル技術で解決できないかということで、AIの導入にチャレンジしたのです」
パートナーに選んだのは、大手上場企業などのDX推進・新規事業創出支援で実績のあるコンサルティング会社ベルテクス・パートナーズが立ち上げたベルテクス・エンターテインメント(以下、ベルテクス)。同社は遊技業界に特化したDX推進、AI導入などのサービスを提供している。二人三脚で合田観光が目指す「利益の最適化を目指すAI」の開発がスタートした。
ヒトとAIの共存をテーマに
AI導入の前提として、まず課題に挙がったのが社内でのデジタル人材の育成だった。そのため2022年11月から翌年2月にかけて、全社から選抜された15人の社員がベルテクスの「先端技術活用ワークショップ」を受講した。当時「ひまわり北見南店」の店長で、現在は営業部の営業戦略対策室長としてAIの開発に携わっている青木淳さんもこのワークショップに参加したひとり。この研修に参加したことでDXに対する意識が大きく変わったと言う。
「ちょうどChatGPT3.5がリリースされてすぐの頃でした。それまでAIに触れたことはなかったのですが、初めてAIを触ってみると、なるほどと思う点がたくさんあり、もしこの研修を受けていなければどんどん時代に乗り遅れていたんだろうなと危機感を覚えました」
2023年5月。いよいよAIソリューション『Himawari Brain Pro』(ひまわりブレインプロ、以下HBP)の開発プロジェクトがスタートした。HBPでは適正粗利の予測(売上・稼働の予測に基づく予算組み)、数字の根拠(KPIに基づく計画立案・評価)、予算策定業務の効率化(業務工数を減らし空き時間をつくる)の3つの課題解決を目的とした。
一方で、当初から懸念されていたのが、「自分の仕事がAIに取られるのではないか」といった社内でのAI導入に対する抵抗感だった。
「今回のプロジェクトのテーマのひとつが〝ヒトとAIの共存〟でした。これを実現するために率直な意見をあげてくれる室長と店長を中心にプロジェクト体制を整えたので、営業部の総意として進めることでクリアできたと思っています。1年以上開発を続けてきて、いま社内は率先して使ってみようという雰囲気になっていて、使ってみた情報を開発側にフィードバックしていく好循環ができ始めています」(青木室長)
最適な影響因子を盛り込む
AIに過去のデータを学習させて未来を予測する。そのためには何をどれだけ学習させるかが開発のカギとなる。開発で最も苦労したのがその「精度」だと小濱部長は言う。
「さまざまな因子のデータをAIに学習させています。そこから導き出された数字が期待する精度にならないと実営業で使えないので、AIモデルのチューニングには時間がかかりました。予測にあたり、どの情報がどの程度影響を及ぼしているか。仮説を立てた上で何度も検証を繰り返したのです。はじめは店長や室長にアンケートを取って、影響を与え得るデータを聞いた上で、それら因子の5年分のデータをAIにインプットし、影響度を分析・検証していきました。しかし、そもそも過去データが勘に頼っている数値だったり、不確かなものであったりしたので、AIも理解できなかった数字があったかもしれません。コロナ禍の時期のデータがまったく使えなかったといったことも開発が難航した一因です」
AIにインプットするデータは、まずはホールコンピュータのデータ。加えて、何月何日にどのようなイベントを実施したか、天気はどうだったかなど。これらは各店の店長が手作業でExcelに入力してデータ化した。青木室長が振り返る。
「どの因子のデータを入れれば精度が上がるのかは、一旦入れてみて検証しないとわからない。いままで営業予算は、ヒト(室長・店長)が勘や感覚、気象条件、過去データをもとに予測数値を作っていく作業でしたが、今後はまずAIで予測をかけて、AIデータと過去データを紐づけすることで、もっと良い未来が見えてくるようになる。めちゃめちゃ大変な入力作業でしたが、私は最初の研修を受けていたので、この作業が大きな成果につながるんだという確信がありました。ただ、研修を受けていない店長はうんざりしていたかもしれません(笑)」
機種から積み上げていく予算ではなく、商圏からどの程度遊技者を引き込めるかをAIが導き出す。こうしたトップダウン的な考え方がこれまでの感覚とは異なっていた。
「結果として、実運用の手間を考慮して最適な影響因子を盛り込むことができたと思っています」(小濱部長)
99%まで高まったAIの精度
予測と検証を繰り返す作業が終了し、5店舗でトライアル運用が始まったのが今年3月。そこからは期待する精度になるまでAIモデルのチューニングが続いた。トライアル店舗ではAIが導き出す予算をモニタリングしながら、月次予算作成時の参考に使用した。個店レベルでは売上規模によってバラつきはあるものの、いまではその精度が全体で99%まで高まっている。現状ではAI予算を参考値として扱っているが、精度が高まってきた段階でAI予算を「正」として使用していくという。
「まだ慣らし運転中ですが、これから使用店舗が増えていくので、どんどんブラッシュアップしていきたいと思っています」(青木室長)
小濱部長は実際にAI導入による効果が出たこんな例を挙げる。
「今年6月にかけての一時期、全店でAIが示す適正粗利と乖離のある運用をしていたんですね。その結果、利益を最大化できない、将来的に利益を獲得する機会を失う状態になっていました。現在は、AIデータをもとに適正粗利に近づけるように戻しているところです。こうした点に気づけたのはAIを導入した成果のひとつでした」
青木室長はこう続ける。
「それまでホールコンピュータのデータに準じて予算・粗利を設定していましたが、BI(ビジネス・インテリジェント)ツールが各店舗の適正粗利のチャートを視覚的に表示するので、AIデータによって適正粗利を把握できるようになりました。その結果、トライアル店舗では昨年対比で稼働が104%に増加している店舗もあるので、利益の最適化ができていることは間違いないと思います」
営業施策の効果測定にも活用
従来の経験と勘に頼る予算策定から、AIによる予算策定に向けて準備が整った合田観光。青木室長はこのような効果を見込んでいる。
「自分が店長の時は、過去データやエンタープライズのデータ、商圏データなどをもとに未来予測を1年分作り、その数値と照らし合わせながら月々の数字を修正していくという作業をしていましたが、今後は予算策定をAIがやってくれる。店長はその分の時間が浮くので店長代理や主任の育成に力を注げると思います」
小濱部長は、営業施策の効果測定にも活かせると考えている。
「AIが作ったものが正しいとした場合、Aの施策をやったからこうだった、Bの施策をやったらこうだったという効果測定の基準ができます。正直、いままではなんとなく勘や経験則に基づいて提案書を作っていましたが、それをAIが出してくれるようになれば信憑性が増すので、無駄な投資をしなくても済むはずです」
青木室長は社内の変化を肌で感じている。
「いまでは予算会議の席で、AI予算と自分たちの予算との乖離を見ていく形になってきています。AI予算ではどうなのといった言葉が頻繁に出てくるようになるほど、AIの数値は必ず見ている。そこの精度は高いですね。新しい施策展開を行ったときに、その施策がよかったか、悪かったかの検証にもなるので。ここの精度が上がっているのは非常にありがたいです」
今後のHBPの運用について小濱部長はこう語る。
「AIの精度の検証は毎月やっているので、それはやり続けます。いまのイベントの効果測定だと、イベントをやった、やらないでしか見ていませんが、今後はイベントの規模にランクを付けて、ランクごとの成果も見れるようにしたいと思っています」
次の取組みは広告デザイン作成ツール
小濱部長が考えているDXの次の段階は広告デザイン作成ツールの開発だ。
「広告制作は外注するとコストがかかるし、内製化では時間も労力もかかる。ツールを使って内製できればコストも時間も削減できます。このツールはすでに開発段階にあり、コンプライアンスに抵触するワードなどをインプットさせています。ヒトに頼らなくてもできることは、どんどん自動化していきたいですね」
同時に、AIを使うホール企業が多くなることも望んでいる。実際に合田観光の齊藤営業本部長にも他法人からの問い合わせが増えているという。
「仕組みを作るうえでは仲間が多い方がいい。基本的なアルゴリズムは同じでも、企業によってデータの学習のさせ方が変わってくる。良いところは共有して、みんなでAIを育てていければ理想的ですよね。業界内でAIを使う輪を広げていきたいと思っているので、関心のある企業様はぜひお声がけください」
営業戦略ツールとしてのAIをゼロから創り上げた2年間は、社内に大きな意識改革をもたらしたようだ。青木室長はそれを実感している。
「AIに取り組んで考え方が変わりました。今後、全店で使ったときにさまざまな要望が出てくると思います。実現性は別にして、そのような声を吸い上げて、HBPがもっと良いものになっていく可能性を感じています」
小濱部長はこの2年間をこう振り返る。
「AIがどの程度使えるものになるのか半信半疑の部分もありましたが、最終的には満足のいくソリューションを開発して全店導入にまでこぎつけました。本社内だけでなく、最近では店舗側ともデータに基づいた会話ができるようになっているので、今後の業務効率化にも貢献してくれると期待しています」
今後はHBPの機能拡張(稼働に影響を与える因子の紐付け)や、遊技機の売買や配置の検討にもAIを活用できないかを模索中だという。
最後に小濱部長はこう付け加えた。
「多くの人はこのAIで課題が全部解決すると思っているかもしれませんが、そんなことはありません。まだ売上と粗利の指針を出すところまでですから、当社のDXはここからがスタートだと思っています」
※月刊アミューズメントジャパン10月号に掲載した記事を転載しました。